-学術会議会員の「任命拒否」に反対の声をあげたすべての科学者・市民のみなさん! その輪を広げて政府の企てを打ち砕きましょう-

2025 年 1 月3日

大学の危機をのりこえ、明日を拓くフォーラム(大学フォーラム)運営委員会

 日本学術会議をめぐる情勢が緊迫しています。学術会議「法人化」に向けての検討を進めるため 2023 年夏以来内閣府特命担当大臣の下に設置されて審議を行なってきた「有識者懇談会」は、2024 年 12 月 20 日、「最終報告」を発表し、これを受けて政府は「法人化」のための法制化作業にすみやかに着手する方針を発表しました。

 私たち大学フォーラム運営委員会は、既に 12 月 17 日に「緊急声明・日本学術会議の『法人化』」をめぐる深刻な疑念-有識者懇談会の『最終報告』の危険性を訴える」を公表し、事態の急迫への警鐘を鳴らしましたが、上記「最終報告」発出後の緊迫した状況に鑑み、まず、1)政府、2)学術会議、そして3)科学者・市民のそれぞれに対し、以下のことを訴ます。

1)政府は学術会議への不当な介入・圧力をやめよ!

 政府は学術会議に対する一切の不当な介入・圧力を中止すること。「法人化」を断念し、そのための法案提出を行なわないこと。

 また、2020 年の「任命拒否」事件を反省し、6 名の会員をすみやかに任命すること。

「任命拒否」事件以来、政府は「学術会議のあり方」を問題にしてきたが、問題は学術会議の側ではなく、学術会議の推薦した会員を当時の首相が任命しなかったことにある。学術会議法違反の「任命拒否」問題は、「学術会議法を変える」ことではなく、「政府が学術会議法を遵守する」ことによってのみ解決される。

2)学術会議は歴史に恥じない真に大局的判断を!

 学術会議はこれまで学術会議本来の性格と使命を追求し、その独立性・自律性を守るために示してきた原則的かつ良識ある立場を堅持して、今回の「法人化」の動きに対しても、その問題点を冷静・客観的に指摘し、社会と国民全体に対し伝えること。

 今回の「法人化」計画は、「有識者懇談会」による検討という形を取りながら、実質的には政府の思惑に基づいて一方的に推進されているものである。本来、時の政権によるこのような圧力(恫喝)の下で設置形態の改変が強行されようとしていること自体が異常であり、許されない。「有識者懇談会」もあくまで政府側の設けた会議であり、学術会議は正規のメンバーとして参画しているわけではなく、そこでの結論に拘束されるものではない。2024 年末の学術会議臨時総会では、「最終報告」発表わずか 2 日後の開催だったこともあってか、熟議に基づいて学術会議全体としての立場が明確化・発信されるには至らなかった。会長からは学術会議の「存続の危機」は回避されたとの認識も示されたが、今進んでいる「法人化」計画自体が、学術会議の独立性・自律性を奪い、全くの別物に作り替えようとしているという意味で、まぎれもない「存続の危機」である。この「法人化」を阻止しなければ、真に独立したナショナル・アカデミーとしての学術会議は事実上消滅する。このことを自覚し、学術会議 75 年の歴史に恥じない真に大局的判断を示すことを期待する。

3)民主主義、平和の問題としてすべての科学者・市民が声をあげよう!

 科学者と市民に対しては、学術会議の「法人化」が何を意味するのかについて議論する場を作り、声を上げ、反対の声を、政府や国会にも届けることを訴えたい。「法人化」につながる動きの発端となったのが 2020 年の「任命拒否」事件であることを想起し、「任命拒否」に抗議して立ち上がったすべての団体・個人が「法人化」阻止のために再度声を上げることが必要である。学術会議のあり方をめぐるたたかいは学術会議だけの問題ではなく、社会全体の未来、民主主義や平和に関わる問題であり、みなが「自分ごと」として捉え、取り組むことがいま何よりも必要である。



 以下、このような訴えの根拠となる状況分析と背景説明を行ないます。

〇現在進んでいるこの「法人化」計画は、2020 年のいわゆる「任命拒否」事件以来本格化した、政権による学術会議への介入、学術会議を解体・変質させようとする一連の動きの最終段階である。

 2020 年秋、菅義偉首相(当時)が学術会議が推薦した 6 名の会員候補者の任命を拒否するという違法行為(学術会議法への違反)を犯し、これに対する国民の批判が強まると、政権は「そもそも学術会議のあり方に問題がある」とする「論点ずらし」を行なって、現行法で規定された学術会議の「あり方」自体を変容させようとする試みに着手した。2022年末には、学術会議を「引き続き国の機関として存置」するとした上で、「政府等と問題意識を共有」することを求め、「選考諮問委員会」設置等により政府による介入を制度化する法改正を行なう方針が発表された。これに対しては学術会議が 2023 年 4 月、懸念を表明すると共に政府に再考を求める「勧告」を発した結果、法案提出は断念された。これに代わって同年 8 月に設置された「有識者懇談会」は学術会議の「独立性を徹底的に担保」したいとし、そのためには「国の機関から切り離す」ことが必要だとして「法人化」を打ち出した。しかし、実際にはこれは大臣による「監事」任命、「選考助言委員会」や「運営助言委員会」、「評価委員会」の設置等によって学術会議への介入・統制をこれまで以上に強め、その活動を「外部」(政府や産業界)の意向に従属させようとする狙いを持つものである。

○「法人化」をめぐっては、学術会議は既に 2021 年、ナショナル・アカデミーに求められる「5要件」(学術的に国を代表する機関としての性格や公的資格、安定した財政基盤、活動面での政府からの独立や会員選考の自主性等)を確認した上で、これらの要件に照らせば「設置形態を変更する積極的理由を見出すことは困難」との判断を示している(2021 年 4 月総会決定『日本学術会議のより良い役割発揮に向けて』)。また 2023 年夏に始まった「有識者懇談会」における議論と政府決定に対しても、2024 年 4 月総会で声明「政府決定『日本学術会議の法人化に向けて』に対する懸念について」を発している。その後も学術会議会長が、とりわけ「有識者懇談会」での議論において提起されている「5項目」(監事や「選考助言委員会」、「評価委員会」等を法定すること)への反対意見を表明する文書(7 月 29 日)を提出して、根本的な疑念を表明してきた。今回「有識者懇談会」によって発表された「最終報告」は、文章表現に美辞麗句が増え、若干の粉飾の跡が見られる一方で、監事や「選考助言委員会」、「運営助言委員会」、「レビュー委員会(評価委員会)」等はそのままであり、提案の骨格は変わっていないことは明らかである。したがって、上記の「5項目」に関する懸念を払拭するものには全くなっておらず、懸念の背景にあるナショナル・アカデミーに求められる諸要件、およびそれを支える理念に対する配慮を完全に欠いていると言わざるをえない。学術会議本来のあり方と使命を守るためにこれまで学術会議によって粘り強く続けられてきた議論に照らせば、この「最終報告」、およびそれに基づいて政府が押し進めようとしている「法人化」を受け入れることは到底できないことは明らかである。

○学術会議は第二次大戦後の 1949 年、戦前の日本では学術研究が国家権力に従属させられていたために軍国主義や戦争を止められなかったという反省の上に、「科学が文化国家の基礎であるという確信」に基づき、日本の「平和的復興」と「人類社会の福祉」に貢献するため(学術会議法「前文」)に設立された。学術会議は日本国憲法下、平和で民主的な国づくりを科学の立場から支えるために発足した組織であり、「国の機関」であると同時に、政府からはあくまで「独立して職務を行う」という学術会議の性格・位置づけは、このような役割・使命を守り抜くためのものである。「有識者懇談会」の「最終報告」には、今後の学術会議は「国民との約束」に基づいて運営されなければならないという表現が頻出するが、現行の学術会議法自体が、日本の科学者コミュニティ(前文には「科学者の総意」とある)が科学者の社会的責任を自覚した上で発した厳粛な「国民との約束」と言えるのであり、まさにそれゆえに学術会議の活動は全面的に国費(国民の税金)によって支えられている。「法人化」により学術会議が国の機関としての公的権威と独立性を失い、外部の介入・統制に従属することになれば、時の政権の暴走による戦争や、経済的利益至上主義がもたらす環境破壊、人権無視やジェンダー差別等の深刻な諸課題に科学の立場から警鐘を鳴らすことができなくなり、国民生活や社会全体に重大な影響をもたらすだろう。

 戦後の日本社会において学問の自由(憲法 23 条)を守るための制度的裏づけとして重要な役割を果たしてきたのは、大学の自治と並んで学術会議の存在である。「法人化」により学術会議の独立性・自律性が失われることは、大学における教育・研究のあり方にも深刻な影響を与えることが予想される。国立大学の「法人化」が日本の大学にもたらした荒廃(財政難・トップダウン型運営の弊害・研究力低下・学費値上げ等)はよく知られているが、大学に加え、学問の自由を守るもう一方の砦である学術会議も「法人化」によりその独立性を失うことは、日本の学術全体の健全な発展を脅かし、危機的状況を拡げることにつながるだろう。学術会議は 2017 年に、軍事研究は行なわないとする 1950 年および1967 年の声明を継承した「軍事的安全保障研究に関する声明」を発した。これは全国の大学が予算欲しさに防衛省出資の軍事研究に応募しようとすることに熟慮を促す効果を持ったが、学術会議自体が「法人化」され、変質すれば、歯止めがなくなり、科学の軍事動員を図る動きがとめどなく広がることも危惧される。学術会議「法人化」と大学の危機が相乗的に進行し、日本の学術全体の荒廃と劣化、「終わりの始まり」が訪れることになるのではないか。

 以上のような認識・分析に基づき、私たち「大学フォーラム」は、今まさに最終段階を迎えつつある政府による学術会議「法人化」の動きに反対し、学術会議の独立性・自律性を守り、学問の自由、ひいては日本社会および世界の民主的で平和な発展を保障するため、すべての科学者・大学人、市民が声を上げることを訴えます。

以上

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