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2023年11月7日
大学の危機をのりこえ、明日を拓くフォーラム(大学フォーラム)運営委員会
2023年10月31日、政府は「国立大学法人法の一部を改正する法律案」(以下、法案)を国会に提出した。早くも11月7日には審議を開始し、わずか1週間程度のうちに衆議院を通過させることが企図されている。この法案は、国立大学法人にその組織・運営のあり方の重大な変更をもたらす新たな制度―「運営方針会議」を導入しようとするものであり、その内容が大学関係者をはじめ広く社会に周知され議論されることのないままに制定を強行することは許されない。
法案によれば、理事7名以上の国立大学法人のうち、「収入及び支出の額」ならびに「収容定員の総数及び教職員の数」を考慮して「事業の規模が特に大きいもの」を政令で「特定国立大学法人」として指定し、そこに「運営方針会議」が設置される。「運営方針会議」は、3人以上の委員および学長によって構成され、「人格が高潔で、学識が優れ、かつ、大学における教育研究活動を適切かつ効果的に運営することができる能力を有する者」のうちから、学長選考・監察会議との協議を経て文科大臣に申し出、その「承認」を得た上で学長が任命する。解任についても同様である。「運営方針会議」は、現状では役員会の議を経て学長が決定している中期目標についての意見に関する事項、中期計画の作成または変更に関する事項、予算の作成に関する事項(「運営方針事項」)について決議する権限をもち、学長の選考に関する事項について学長選考・監察会議に意見を述べることができる。学長は、3ヵ月に1回以上、「特定国立大学法人」の運営の状況について「運営方針会議」に報告しなければならず、「運営方針会議」は学長に対して運営を改善するために必要な措置を講ずることを求めることができる。「特定国立大学法人」以外の国立大学法人は、「長期借入金、債券の発行その他の方法により長期かつ多額の民間の資金を調達する必要があることその他の特別な事情により当該国立大学法人の運営に関して監督のための体制を強化する必要があるとき」は、文科大臣の承認を受けて「運営方針会議」を置くことができる(「準特定国立大学法人」)。
第1に、「運営方針会議」は、国立大学法人を「代表」しその業務を「総理」する位置にある学長の上に立ち、それを監督する最高意思決定機関となる(なぜか、監督される学長が監督する機関の構成員となるという制度設計となっている)。「運営方針会議」委員は学外者が過半数を占めることになると想定される。国立大学法人の「申出」にもとづく文科大臣による学長の任命は、原則として「申出」どおりに任命するものとして運用されているが、「運営方針会議」委員の文科大臣による「承認」は、人事についての文科大臣による実質的な判断(または大学側による大臣の意思の忖度)を含意するものとなる可能性が高い。
国立大学の法人化(2004年)と学校教育法改正(2014年)以降、教授会の役割は限りなく縮小され、大学運営の権限は学長に集中している。その学長の選考は教職員集団の意思を排除して行なわれる方向に向かっている。このことは、学長の「自由」の拡張を意味しているわけでは必ずしもない。なぜなら、大学政策は経済政策の一環としての科学技術政策によって包摂され、イノベーションを志向する科学技術政策は安全保障政策と一体化しつつある(経済安全保障)。このような方向は、国が国立大学を財政的に支えるべき責任から徐々に撤退し、「長期借入金、債券の発行その他の方法」によって自ら資金を調達する「経営体」となることを規制緩和によって大学に促すことと表裏一体となっているからである。このような環境のもとに置かれた学長の権限は、学長をつうじて国の政策が大学に浸透する仕組みとして機能させられてゆく。
こうして、国立大学の運営のあり方は、経営者がトップダウンで定めた方針を従業員が実行する企業や、主務大臣が定めた目標を実現するために効率的に「業務」を遂行する独立法人とは異なり、「学術の中心」(教育基本法、学校教育法)として、学問の自由にもとづき自立的に判断する教育・研究の主体としての教員やそれを支える職員によって担われる自治的な組織としての大学のあり方からますます遠ざかりつつある。「運営方針会議」の設置は、このような方向をいっそう徹底し、決定的なものとしかねない。それでよいのだろうか。
第2に、「運営方針会議」は、「国際卓越研究大学」構想を推進した総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が、「大学ファンド」の運用益からの支援という別格の扱いを受ける代わりに、結果責任を明確にするために設置することを求めていた「合議体」に対応するものと見ることができる。しかし、法案は、「運営方針会議」の設置をすでに法制化されている「国際卓越研究大学」制度から切り離し、卓越大学としての認定とはかかわりなく、より多くの大学に拡げようとしている。その結果、なぜ「運営方針会議」の設置が必要とされるのかは明らかではなくなっている。一方、CSTIが廃止するのが適当としていた「学長選考・監察会議」は存置され、学外者が加わる機関が「経営協議会」「学長選考・監察会議」「運営方針会議」に三重化するという複雑なメカニズムが提案されている。
そもそも「大学ファンド」の運用益という不安定な財源によって一握りの大学を「選択」し「集中」的に資金供給するという「国際卓越研究大学」制度自体、大きな問題を孕むものである。実際、「大学ファンド」は2022年度には604億円の運用損を出しており、認定候補校はさしあたり1大学にとどまっている。先行き不透明なスタートである。この点を含め、CSTIのいう「国際卓越研究大学」の「合議体」が「特定国立大学法人」の「運営方針会議」になぜ転換したのか、合理的な説明なしに立法化を急ぐことは無責任のそしりを免れない。
第3に、国立大学は、法人化以降の20年間、運営費交付金の減額や傾斜配分をはじめ、さまざまな条件変化にさらされてきた。2015年には3つの「重点支援の枠組み」という形で「主として、卓越した成果を創出している海外大学と伍して、全学的に卓越した教育研究、社会実装を推進する取組を中核とする国立大学」が括り出され、2016年には「世界最高水準教育研究活動の展開が相当程度見込まれる」とされる大学を指定する「指定国立大学法人」制度が導入された。2022年には国公私の設置形態を問わず、「国際的に卓越した研究の展開及び経済社会に変化をもたらす研究成果の活用が相当程度見込まれる」大学を認定する「国際卓越研究大学」制度が導入された。管理運営については、2021年に「学長選考会議」が「学長選考・監察会議」に改められた。この間、日本のいわゆる「研究力」の低下は著しく、その原因についても大方の共通認識がある。にもかかわらず、その原因を取り除くために、以上のような制度の展開を率直に総括し、競争的研究資金をつうじた「競争的環境の創出」や「選択と集中」などの政策的発想を抜本的に見なおそうとする試みは、政策決定者によって一度たりとも行なわれたことがない。個々の大学も所与の政策に適応して生き残ることに追われ、声を合せて政策の問い直しを求める姿勢を弱めているように見える。そのような中で、新たに「特定国立大学法人」制度を導入し、「運営方針会議」を設置する法改正が拙速に進められようとしている。このような大学政策の進め方は、もうやめなければならない。そして、「大学の教育研究に対する国民の要請にこたえるとともに、我が国の高等教育及び学術研究の水準の向上と均衡ある発展を図る」(国立大学法人法1条)という国立大学の原点に立ち戻らなければならない。
以上のことから、大学フォーラムは、「国立大学法人法の一部を改正する法律案」に反対し、とりわけ、十分な審議のないままにそれを強行成立させることのないよう求める。