2019年2月13日の記者会見には,大学フォーラム側から広渡清吾,白川英樹,丹羽徹,黒田兼一,井原聰,小森田秋夫,田中義教の7名が出席しました.

 冒頭,広渡から大学フォーラム設立の経緯と趣旨を説明しました.次に,各参加者が大学フォーラムに寄せる期待を述べました.そのあと,約20名の記者の方々とのあいだで質疑が行なわれました。

 以下は広渡による趣旨と経過の説明の資料です.

 

「大学の危機をのりこえ、明日を拓くフォーラム」の設立に際して
2019年2月13日記者会見(文科省記者クラブ)
趣旨と経過の説明
広渡清吾

1.自己紹介

 これまで、国立大学と私立大学に勤務し、また、日本学術会議で活動をしてきた。その間、大学問題を考えてきたが、とくに2004年の国立大学法人化に際しては、多くの議論をした。東京大学では、東京大学憲章を制定し、法人化にかかわらず、東京大学がもつべき理念と運営原則を明確にした。しかし国立大学法人制度は、全体として、大学の自主性を強め個性ある大学をつくるというお題目から大きくはずれ、財政的枠づけ、誘導による政府の政策遂行のための大学の手段化が進んでいる。また、2014年6月の学校教育法の改正は、大学自治のあり方を国家法によって枠づけ、学長専決体制をつくって上からの改革を進めるもので、これが大学ガバナンス改革とよばれた。

 科学技術政策においては、大学の国策手段化がみられる。第5期科学技術基本計画のサイドからの大学に対する要求は、大学の教育研究の質をどう高めるかより、当面の科学技術政策の目的達成のために大学をどう動員するかの観点で提起されている。

 以上のような状況をどのように分析し、何をしたらよいのかを考えて今回の取組みに参加した。

2.今回のフォーラムの立ち上げにいたる経緯

  • 2018年夏ごろから、有志があつまって相談し、大学のおかれている状況が危機的であること、つまり、大学が大学でなくなりつつあるのではないか、この問題を社会に訴え、問題を解決するための方向を議論する場をまずは作り出そう、というのが共通の問題意識となり、それに向けて準備を始めた。最終的に51名が賛同し、今日の呼びかけとなった。
  • フォーラムのもっとも重要な目的は、第1に国立、公立、私立という設置形態別の枠をこえて、「日本の大学」というものを考える場をつくること、第2に大学の問題が大学関係者の業界的利益と関心のなかでしか議論されないという状況を突破すること、広く市民社会における大学とは何かを、これからの社会を担う若い世代、小中高の先生、関心をもってくださる市民のみなさん、また、メディアの関係者も含めて一緒に考える場をつくる、ということである。
  • それにとどまらず、必要な場合には、そのような研究や議論の成果として、フォーラムとしての社会に対するメッセージの発信をおこない、大学のあり方、大学の未来を拓く政策について世論形成を進める。
  • フォーラムの活動の内容は、シンポジウムなど公開の場での問題提起とディスカッション、その成果の社会への還元、個別のテーマについての研究会の組織、HPを活用した情報の提供と意見交換などを行い、大学問題についての市民社会の認識を深め、広めることが中心である。・第1回の大学フォーラムとしてのシンポジウムは、すでに準備完了しており、3月31日に開催する。最初なので、問題の全体をサーベーすることを目的として、4人の報告者を用意した(チラシを参照)。ノーベル賞受賞者、東大宇宙線研究所の梶田隆章さんに基礎科学の発展について、前日本学術会議副会長の甲南大学の井野瀬久美恵さんに大学の自主性の意義について、前和歌山大学学長の山本顕慈さんに地方国立大学について、そして、徳島大学の山口裕之さんに大学と競争の関係について、報告していただく。
  • 大学フォーラムの運営は、立上げについて発起人を中心に進めてきたが、本日の記者会見で正式に発足ということであり、今後は呼びかけ人のなかから運営委員会を構成し、その下に手伝ってくださる若手研究者の御支援もえて事務局を設置し、活動を進めていくことにしたい。

3.大学の危機についての共通認識

 このあと、今日ご出席のみなさんから、それぞれ、現在の大学がかかえる問題についてお話があるが、私たちの大学フォーラムの結成に際しての「社会へのよびかけ」にわたしたちの共通の危機認識が示されているので、手短にご紹介する

 第1に指摘したのは、なによりも、「大学の基盤的経費の削減による教育研究の土台の弱体化」である。ここでは、国立大学法人の運営費交付金のあり方、私立大学に対する私学助成のあり方が直接的な問題であるが、国家財政において高等教育費をどのように位置づけるかという根本問題が問われている。こうした教育研究の土台の弱体化が、大学の現状をどのようにひどいものにしているかの認識を社会に広める必要がある。これは、全体としての研究力の低下や教育の質の低下をまねき、同時に、大学間、および学問領域間の格差をはげしくして、学問の全体的発展をゆがめる恐れがある。

 第2に指摘したのは、「不断の『改革』の押し付けによる大学の疲弊」である。政府の政策は、「改革なければ支援なし」といったやり方に終始している。そして、改革を進めるために学内の雑音を排除する必要があるとして、学長専決体制を可能にする、大学ガバナンス改革を進めた。しかし、このような「改革」が本当に大学のためになっているのか、大学の教育と研究をどのようによくしたか、大学の力をたかめたかは、なんら検証されず、つぎの改革が要求されるという状況に大学が置かれている。そもそも改革度を評価する方法や指標が大学の適切な発展に資するものかどうかが問われなければならない。この状況のなかで、大学は悲鳴をあげつつあるというのが実態ではないか。

 2019年度の国立大学法人への運営費交付金は、その10%、約1000億円が5項目の評価に基づいて配分されることになった。第1と第2の論点が結びついて、大学をいっそうひどい状況に導く恐れがあり、国立大学協会も批判しているが、政府は聞く耳をもっていない。

 第3に、指摘したのは、大学はこうした追い込まれた状況のなかでも、自主的に自立的に「大学とは何か、大学が大学である以上備えるべきは何か」を考えそれを実現することを目指すべきであるが、政府の政策はこれ自体を枠づけ、誘導しようとしているという問題である。学問の自由を核心とし学術の中心として大学が高等教育と学術研究に本来の役割を果たすためには、なによりも大学の自主性の発揮が必要である。このような大学のあり方を支えるためには、市民社会がこれを後押しし、政府の政策の変更を要求するような批判的な力が必要だ。

 第4に、指摘したのは、学びの場としての大学の量的、質的な確保、教育の機会均等を保障するために、高等教育費用のあり方、これに対する公的費用負担のあり方を根本的に考えることが不可避の課題となっていることだ。これは、第1に指摘したことの基礎となる問題である。ここでは、政府・国会が国のあり方として高等教育の位置付けを基本から議論すべきことが求められている。政府は、すでに高等教育無償化についての政策を出しているが、その内容は無償化というに値しないものであり、無償化を口実として、大学を政府の考える大学に変えようとする意図がみられる。高等教育の無償化については、日本も批准している国際人権規約(A規約=社会権規約)13条2項cが、漸進的無償教育の導入により教育の機会均等を保障すべきことを規定している。これにふさわしい「権利としての無償教育」を実現すべきだと専門家は主張している。

 以上のような問題は、すでに多くの人々が指摘し、解決すべき問題として認識しながら、現状を打開するための大きな声と力を社会のなかで形成できていない。大学フォーラムは、そのような力と声を大きくすることに役割を果たすものだと考えている。

記者会見の様子(左から黒田兼一,丹羽徹,白川英樹,広渡清吾,小森田秋夫の各氏)
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