声明「日本学術会議の独立性を否定する法改正の試みをただちに中止することを重ねて求める」を発表しました

 標記の声明を,学問と表現の自由を守る会との共同で発表しました.

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【声明】日本学術会議の独立性を否定する法改正の試みをただちに中止することを重ねて求める

2023 年4月9日

大学の危機をのりこえ、明日を拓くフォーラム
学問と表現の自由を守る会

 2023 年4 月5 日、自民党政府は、内閣府をつうじて、「日本学術会議法の見直しについての検討状況」と題する文書を提出しました。それについての内閣府の説明および質疑応答は、政府が、学術会議が繰り返し示してきた懸念に対して本質的な点で応えることなく、法改正案を今国会に提出する意図を放棄していないことを改めて示すものでした。日本学術会議のゆくえを左右する重大な事態が依然として続いています。

 日本学術会議と危機感を共有し、法改正の試みを中止することを求めてきた私たちは、このような事態にあたり、改めて以下のように主張するとともに、日本学術会議をめぐる状況を引き続き注視し、意図されている法改正が日本学術会議および学術そのものの将来にとってどのような意味をもつかについて広く議論することを、学協会などの科学者コミュニティ、市民社会で活動する諸団体、メディアなどに呼びかけます。

  1. 学術会議会員候補6 名の任命拒否を既成事実化するだけでなく、学術会議の深刻な懸念を無視して法改正を強行することは、学術会議と政府との信頼関係を根本的に破壊するものであり、このような態度を改めることを求めます。
  2. 学術会議の自主改革を無視して行なわれようとしている法改正の試みをただちに中止することを求めます。
  3. 不要な法改正は学術会議をコントロールする手がかりを作り出すことを意図するものであり、法改正の最大の眼目である第三者からなる「選考諮問委員会」の設置は学術会議の独立性の基盤である会員選考の自律性を侵害するものであるので、これらに強く反対します。

【趣旨説明】
1.内閣府の「方針」をめぐる経過
学術会議の「懸念」に正面から応えない内閣府

 内閣府は、2022 年12 月8 日に行なわれた学術会議総会に向けて「日本学術会議の在り方についての方針」を示し、21 日にはこれを敷衍した「具体化検討案」を総会に示した。これに対して学術会議は同日、総会の名において「内閣府『日本学術会議の在り方についての方針』(令和4年12 月6日)について再考を求めます」とする声明を発し、「日本学術会議の独立性を危うくしかねない法制化」について「強く再考」を求めた。27 日には、総会声明を敷衍した「懸念事項」を明らかにした。

 これに対して内閣府は、2023 年2 月16 日、「日本学術会議法の見直しについての検討状況」と題する文書を学術会議幹事会に提出した。この文書は、会員選考手続に関与する第三者委員会に「選考諮問委員会」という名称を与えるなど若干の変化はあるものの、12 月の「方針」「具体化検討案」をほとんど踏襲したものであり、幹事会当日の口頭説明を含め、学術会議の「懸念」に応えるものではまったくなかった。「選考諮問委員会」については、その委員は「一定の手続を経て会長が任命する」とする一方、学術会議は「選考に係る規則の制定並びに会員候補者の選考及び連携会員の任命の際に、あらかじめ同委員会に諮問」し、その「意見を尊重しなければならない」と明記するなど、独立性についての懸念をいっそう深めさせるものですらあった。学術会議は2 月22 日、「2 月16 日第338 回幹事会における内閣府からの『検討状況』説明についての懸念事項」を示した。ここで学術会議は、「会員選考における第三者委員会の設置をはじめ、実質的な『見直し』はなされていなかった」、総会で示した懸念を解消するどころか、それをより「深めるもの」であったとし、「国会への法案提出期限がすでに目前に迫っていることから、いったん今国会への法案提出は断念した上で」、「アカデミアなど多様な関係者も交えた協議の場を設けて、広く日本の学術体制のあり方も含めてこの問題の議論を行うべきである」と、いっそう強い主張を行なった。

法案提出は遅れているが断念されてはいない

 予告された法案提出時期である3 月上旬を前にした2 月27 日、岸田首相は「期限ありきということではなく、学術会議と意思疎通を図りながら検討を進めていきたい」(衆議院予算委員会)と述べ、法案の準備が政府の予定どおりには進んでいないことを示唆した。しかし、法案提出が断念されたわけではなかった。

 1 ヵ月後の4 月5 日、内閣府は「日本学術会議法の見直しについての検討状況」と題する2 月と同名の文書を幹事会に提出した。その内容は、選考諮問委員会の委員は「一定の手続を経て会長が任命する」とされていた点を若干具体化したことなどを除けば、2 月の文書とまったく変わらないものであるだけでなく、この文書の内容をそのまま法案に盛り込むべく作業が進められていることが示唆された。口頭説明も、従来の主張を繰り返すものであった。

 以上の経過は、政府が、学術会議やその見解に共鳴する国内外の科学者コミュニティ(5 名の学術会議元会長やノーベル賞受賞者ら8 名を含む)の懸念に真摯に向き合うことなく、自らの当初の方針に沿った法改正を強行する意図を捨てていないことを物語っている。

2.法改正は必要なのか
学術会議は自主改革を進めている

 学術会議はすでに、「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて」(2021 年4 月)にもとづいて、意思の表出と科学的助言機能の強化や会員選考プロセスの透明性の向上を含む広範囲にわたる自主改革を実施に移しつつある。内閣府もそのことは承知しており、内閣府の方針は学術会議自身の改革の方向と一致したものであると繰り返し、学術会議の取組を自らの方針の正当化のために援用している。実際、例えば「会員・連携会員等に求められる資質等の明確化」で挙げられている事項は、学術会議が定めた「選考方針」によってほとんどカバーされている。そうだとすれば、ではなぜ法改正を行なう必要があるのかという疑問が生じるが、この点については、「改革の成果をとりこむ」「安定させる」「国民からみてわかりやすいものにする」など、法律で規定することの重みにふさわしくない抽象論が繰り返されるのみである。

不要な法改正は学術会議をコントールする手がかりを与える

 それでは、学術会議の取組と一致しているなら法律に盛り込むことに問題がないかといえば、そうではない。学術会議が「国民から理解され信頼される存在であり続けることが必要」であることを理由に「活動や運営の徹底した透明化・ガバナンス機能の抜本的強化を図る」という政府の方針にもとづいて埋め込まれる規定は、この方針にもとづいて描かれている一連の仕組みの一環として、学術会議の自律的活動・運営に対するコントロールの法的根拠として用いられることになるからである。詳細な記載項目が列挙されている「中期事業運営計画」の策定もそのひとつである。

 「アカデミアなど多様な関係者も交えた協議」を求める学術会議に対して、内閣府は、「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて」や総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の有識者議員による政策討議を踏まえており、12 月以来行なっている学術会議に対する説明もそのような協議の一環であるかのように説明している。しかし、それらを踏まえているとされる方針に対して学術会議は、「懸念」は深まる一方であるとしているわけであるから、このような説明は成り立たない。学術会議に対する一連の説明を、協議を尽くした証拠として用いることは許されない。

学術会議に透明性を求める政府側の立案過程は不透明

4 月5 日の幹事会において指摘されたように、学術会議に繰り返し「透明性」を求める内閣府の方針が誰によってどのように作られているのか、自民党PTはどのようにかかわっているのかはまったく不透明のままである。4 月5 日に示された資料が幹事会に提示されるのに先立ってメディアなどに流布されていたことも、手続の不透明さを示している。学術会議の懸念にもかかわらず、なぜ法改正を急ごうとしているのかという問いに対しても、答えはなかった。

任期延長についての動揺がゆきづまりを物語っている

 現在、10 月の半数改選に向けた次期会員候補の選考作業が進行している。学術会議の3 月23 日の記者会見では、自主改革方針にもとづく「関係機関・団体からの情報提供」を含めた「第 26-27 期会員・連携会員選考対象者数」とその内訳が公表されている。

 12 月の総会で内閣府は、この作業はご破算にし、次期会員の選考は改正法にもとづいて行なう、そのため、現会員の任期は1 年~1 年半延長すると述べ、批判を浴びた。この批判を受けて内閣府は、2 月には進行中の選考作業を何らかの形で生かすことを示唆し、「検討状況」に次期会員の改選は「令和6 年4 月1 日」(つまり任期延長は半年)と書き込んでいた。今国会の会期末まで3 ヵ月足らずとなった4 月5 日に提出された「検討状況」では、改選時期についての記述は削除されている。ここに、強硬策の無理が露呈している。今国会への提出は断念するほかはない。

3.法改正の最大の眼目は「選考諮問委員会」の設置
「選考諮問委員会」とはどのようなものか

 内閣府がその方針は学術会議の取組と方向が一致していると強調する一方、両者が根本的に異なっている点がある。それが、「選考諮問委員会」という名の第三者委員会の設置である。これこそが、政府の法改正構想の最大の眼目にほかならない。

 「検討状況」によれば、学術会議は、「選考に係る規則の制定並びに会員候補者の選考及び連携会員の任命の際に、あらかじめ同委員会に諮問」し、その「意見を尊重しなければならない」。選考諮問委員会は5 人で組織され、会長が任命するが、任命にあたっては「科学に関する知見を有する関係機関」と協議するものとされている(「関係機関」として、CSTI 議員のうち議長=内閣総理大臣が指名する者および日本学士院長が参考例として挙げられている)。このように、選考に係る規則と具体的な候補者の選考の双方が選考諮問委員会への諮問事項とされている。学術会議は、これらのいずれについても、自律的に決定することはできないことになる。

「選考諮問委員会」は選考の自律性を侵害する

 候補者についての選考諮問委員会への諮問は(選考委員会→幹事会→総会という手続を踏む)選考過程のどの段階で、(候補者数と定数との関係など)どのように行なわれるのかは重要な意味をもつ。しかし、このような肝心な点は何も明らかにされていない。恐らく規則で定められることになるであろうが、規則もまた選考諮問委員会の意見の尊重が求められる諮問事項である。

 選考についての意見とは、例えば「年齢、性別、所属する機関の種類及び所在地域等」の「著しい偏り」の指摘や産業界などから推薦された候補者の帰趨などが想定されるが、個々の候補者について疑義を示すことも排除されないであろう。そのような意見は、結局のところ学術会議が準備した候補者名簿の修正を求めることを意味する。

 学術会議と選考諮問委員会の意見が異なった場合はどうなるのかについて、内閣府は、合意ができるまで議論するが、合意が得られない場合、最後は学術会議が決める、と述べている。これ自体は、現行法第17 条の学術会議が内閣総理大臣に会員候補者を推薦すると定める部分には手を触れないとすれば(ただし、この推薦に先立つ手続にはさまざまな条件がつけ加えられることになる)、当然のことを述べたに過ぎない。問題は、内閣総理大臣は学術会議が推薦した候補者の任命を拒否できるという「法解釈」および任命拒否という「実績」は揺らいでいないことである。しかも、改正法の施行後3 年及び6 年を目途として行なわれる学術会議の運営状況の検証結果にもとづいて「学術会議の組織及び運営の在り方の総合的な見直し」と必要な法改正が「フォローアップ」としてすでに予告されている(フォローアップ条項が改正法に明記されるかどうかにかかわらず、学術会議を国から切り離して法人化することを主張している自民党PT の意向を確認しながら法改正案の策定を進めるというやり方自体が、さらなる「見直し」の含みがあることを物語っている)。このような状況のもとでは、選考諮問委員会の「意見の尊重」とは、学術会議にその意見を受け入れることを迫る強い圧力として機能すると考えざるをえない。

 内閣府は、政府が選考に介入することはないという。それは、2016 年以降に行なわれた人事介入のように政府(官邸)が非公式かつ直接的に介入することはないということにすぎず、「選考諮問委員会」の設置という形で外部からの介入を制度化し、2016 年以降に試みられたように、事前の「調整」を経て決められた好ましい候補者が推薦されるようにすることが意図されている。このようにして内閣総理大臣が学術会議の推薦どおり「円滑」に任命したとしても、その推薦自体が自律性を損なわれた形で行なわれることになる。これこそが選考諮問委員会設置の狙いであろう。

透明性を高めることが目的なのか

 内閣府は、選考諮問委員会を設置する理由として「透明性」を挙げている。しかし、選考諮問委員会の以上のような機能は「透明性」では説明することのできない、それを超えた選考内容の自律的決定に対する介入にほかならない。選考過程の透明性自体は、学術会議自身が、①求められる会員像を明確にし、「選考方針」を作成して公表する、②大学や研究機関以外で優れた研究や業績のある会員を増やして多様性を高めるために、従来よりも幅広く候補者を求める方策をとる、③選考過程についての情報や各会員についての選考方針にもとづく選考理由などを(後者については任命後に)公表するなどの自主改革を実施しつつあり、それでは足りない理由は何ら示されていない。

法改正の帰結は学術会議の変質

 選考諮問委員会を通ずる会員選考の自律性の侵害は、「中期事業運営計画」の策定などとあいまって、政府等と「問題意識や時間軸を共有」する諮問機関的存在に学術会議を変質させようとする試みの一環である。それは、時の政府の意思から独立し、「一国に限定されない普遍的な価値と真理」を追求するという学術の立場から、「中長期的な観点から物事を考え」、「政治や経済の観点からは抜け落ちかねない重要な知見を提供」するという独自な役割(学術会議「内閣府『日本学術会議の在り方についての方針』に関する懸念事項 (第 186 回総会による声明に関する説明))」2022 年12 月27 日)をはたしてきた国の機関を、社会が失うことを意味する。

 このような根本的な問題点に触れることなく、細部の手なおしによって学術会議の意見を考慮したかのように扱うこと、またそれによって法案の改善が可能であるかのように描くことは適当ではないことを、最後に指摘しておきたい。

【連絡先】
大学フォーラム事務局: univforum7@gmail.com HP:http://univforum.sakura.ne.jp/wordpress/
学問と表現の自由を守る会事務局:academicfreedom.2021@gmail.com HP:https://academicfreedom.jp/

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