2023 年 1 月7日

大学の危機をのりこえ、明日を拓くフォーラム(略称:大学フォーラム)

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日本学術会議のゆくえを左右する重大な事態が生まれている。

内閣府は、2022 年 12 月 8 日に行なわれた学術会議総会のわずか 2 日前の 6 日、日本学術会議法の改正を前提とした「日本学術会議の在り方についての方針」を示した。総会ではこの「方針」についての質疑応答が行なわれ、これを踏まえて、学術会議は「『日本学術会議の在り方についての方針』に関する懸念事項」を会長名で明らかにした(同 15 日)。内閣府は「方針」を敷衍した「具体化検討案」を 21 日の総会に示したが、そこでの質疑は学術会議側の懸念や疑問を解消するには至らず、総会は「方針」の再考を求める声明を採択した。声明は「日本学術会議の独立性を危うくしかねない法制化」について、「強く再考を求めたい」という言葉で結ばれている。

私たちは、このような危機感を学術会議と共有し、以下のように声明する。

  1. 内閣府は、2020 年 10 月に行なわれた学術会議会員候補 6 名の任命拒否を既成事実化するだけでなく、2023 年 10 月に始まる次期の会員の推薦手続がすでに進行中であることを無視して、通常国会に日本学術会議法改正案を提出し、次期の会員選考は改正法にもとづいて行なうと一方的に宣言している。学術会議に対する敬意を欠いたこのように強引なやり方は、任命拒否によって毀損された学術会議と政府との信頼関係を根本的に破壊するのものであり、二重に許されない。
  2. 学術会議はすでに、「日本学術会議のより良い役割発揮に向けて」(2021 年 4 月)にもとづいて、意思の表出と科学的助言機能の強化や会員選考プロセスの透明性の向上を含む広範囲にわたる自主改革を実施に移しつつある。内閣府は、「方針」が学術会議の自主改革の方向と一致したものであるとしながら、それではなぜ法改正が必要なのかをまったく説明することができない。それは、内閣府自身が総会での説明において示唆しているように、2020年 12 月の「提言」において学術会議を国から切り離すことを主張している自民党プロジェクト・チームからの圧力を受けつつ、「国の機関」でありながら政府からも「独立して」職務を執行する(学術会議法 3 条)という性格をもつ学術会議の存在を理解することができず、法改正をつうじてそれを実質的に改変しようとしているからにほかならない。それこそが、学術会議の懸念や疑問に対して正面から答えることができない理由である。
  3. 学術会議の独立性についての無理解は、学術会議が政府等と「問題意識や時間軸を共有」することをくり返し求めている点に現われている。学術会議は、政府からの諮問や審議依頼に応じるだけではなく、国境を越えた普遍性を追求する学術の立場から、自ら問題を設定し、自律的な審議体制のもとで独立して見解を形成し表明するところにその存在意義があるのであり、その時々の政治的判断にもとづいて決定を行なう政府とは立脚点を異にする。「問題意識や時間軸を共有」することを強調する発想は、もっぱら政府等の諮問にもとづいて活動し、人選も諮問者が行なう諮問機関と学術会議との基本的な相違が理解されていないことを物語っている。そこで想定されているのは、政府から見て有用と考えられるような答えのみを提供し、例えば「軍事的安全保障に関する声明」(2017 年 3 月)のように、学術とそれを支える学問の自由の立場から必要があれば政府の政策に懸念を表明するというようなことのない従順な組織の姿である。それは、70 年以上維持され、アカデミーの国際的スタンダードにも合致する科学者の「代表機関」(日本学術会議法 2 条)としての学術会議のあり方を否定するものにほかならない。
  4. 学術会議の独立性の根幹を揺るがすもっとも深刻な問題は、以上のような学術会議の「在り方」から導き出される会員選考についての考え方である。それは、「高い透明性の下で厳格な選考プロセスが運用され、国の機関であることも踏まえ、選考・推薦及び内閣総理大臣による任命が適正かつ円滑に行われるよう必要な措置を講じる」という一文に表現されている。選考方針の公表や、内閣総理大臣に推薦されるべき会員候補をそこから選び出すべき候補者のプールに科学者を推薦する資格を従来の会員・連携会員や協力学術研究団体(学協会)よりも広げることをはじめ、選考過程の透明性を高めること自体は、学術会議自身がすでに実施しつつあるところである。問題は、「第三者から構成される委員会」が「選考について意見を述べ」、学術会議は委員会の「意見を尊重する」ものとされていることである。第三者委員会の構成や権限などについてはなお明確にされていないとはいえ、ここでは、科学者の代表機関としての責任において「優れた研究又は業績のある科学者」の中から選考を行なうべき学術会議の自律性に対する、「第三者」の名による政治的介入が意図されていると考えざるをえない。このことは、内閣総理大臣は学術会議が推薦した候補者を任命するか否かの実質的判断権をもっているという任命拒否の前提となっている立場は不変であるとされ、学術会議に求められている「透明性」の要請は内閣総理大臣の任命行為には向けられていない(したがって任命拒否の具体的な理由が示されないことは問題視されていない)ことと表裏一体である。学術会議の会員選考についてのこのような考え方は、例えば内閣法制局長官の人事に見られるように、独立性が尊重されるべき機関や組織を人事を通じて支配しようとする近年の歴代政権の志向の、新たな、そしていっそう重大な事例にほかならない。
  5. 以上のことから、「方針」のはらむ問題性は部分的な修正によっては解消することのできない根本的なものであるといわざるをえない。したがって、これにもとづいて法改正案を作成する作業はただちに中止すべきである。このことは、単なる現状維持を意味するものではない。すでに述べたように、学術会議は科学的助言や会員選考のあり方などについての改革を進め、それについて国民に説明する積極的な努力を行なっているところである。学術会議のあり方は、その成果をも踏まえ、あくまでも事実にもとづいて議論されるべきものである。
  6. いま、真に問われるべきことは、学術会議やそれが担う学術に対して政府がこれまでどのような態度をとってきたのか、ということである。問われるべきことの中には、例えば、科学技術政策の「司令塔」とされ、「国際卓越研究大学」構想に示されるように大きく変貌しつつある近年の大学政策を主導してきた総合科学技術・イノベーション会議の役割やその意思決定のあり方なども含まれる。そのような問いの中で、「学術の中心」としての大学の危機をどのように克服すべきか、大学が担う〈学術〉と〈科学技術〉とはどのような関係にあるべきなのかということを、市民とともに考えてゆかなければならない。